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奥田敦教授・慶応大に余罪<週刊新潮 第二砲>実はモテた”ハーレムゼミ”「女に優しく、男にキレる」

「週刊新潮」9月21日菊咲月増大号の奥田敦教授(慶応大)に関する続報!その内容は、「慶応大」が目をつぶった「ハーレムゼミ」と奥田敦教授(慶応大)の余罪を追求。また、慶応大の対応については「低脳塾大学」と、事件が深刻化し新たな被害者が生まれる責任問題・隠蔽体質についても触れている。「女に優しく、男にキレる」ハーレムゼミの真相とは?


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奥田敦教授に第二砲が届いた!
ハーレムゼミが存在していた!?

奥田敦教授はモテモテなのか?
いや、単に余罪があるだけだった・・・

と、その前に奥田敦教授は何をしでかした人なのか、おさらいしておきましょう。

奥田敦教授・慶応大の第一砲の内容おさらい



「週刊新潮」2017年9月14日号にて、慶応義塾大学総合政策学部・イスラム法学者奥田敦教授(57)が、慶応大学2年生の斉藤菜穂さん(仮名:21)に洗脳不倫を働いた。被害女性は、“先生とだったら世界征服もできそう”などと漏らすようになり、両親によれば頻繁に外泊するようになった・・・

第一報では、大学の責任と被害女性が洗脳されるまで、彼女が教授宅から脱走する様を報じている。
慶応大奥田敦教授が女大生を洗脳不倫!週刊新潮:不倫講座内容とは

奥田敦教授・慶応大のプロフィール



スクリーンショット 2017-09-07 4.29.06.png
(出典元:http://synodos.jp/authorcategory/okudaatsushi

1960年神奈川県に生まれる。
本人は、イスラム教の信者でイスラーム法を専門とする法学者。
現在、慶應義塾大学総合政策学部教授を務めると共に、中央大学博士も兼任。
著書には、『イスラームの人権――法における神と人』(慶應義塾大学出版会、2005年)がある。

経歴は下記の通り。

1984年中央大学法学部法律学科卒業
1986年中央大学大学院法学研究科修士課程民事法専攻修了
1990年中央大学大学院法学研究科博士課程民事法専攻退学
1990年国際大学助手、国際大学中東研究所専任研究員
1993年〜1999年シリア国立アレッポ大学アラブ伝統科学研究所客員研究員
1999年〜2005年慶應義塾大学総合政策学部助教授
2005年〜慶應義塾大学総合政策学部教授、中央大学博士(法学)


(引用元:慶応大奥田敦教授に関するウィキペディア


奥田敦教授・慶応大の第二砲!「洗脳不倫」に余罪あり!



さて、そんな奥田敦教授は、過去にも同様に女性を洗脳し、不倫に導いた。
一昨年の7月、別のゼミ生=山田友里さん(仮名)に対して、ストーカー行為を働いた。

・マンションのドアを開けたらそこには奥田教授が立っていた
・奥田教授からは「あなたが帰って寂しい」「今日は月が綺麗」「妻と別れて結婚」等の内容のメールが来た
・いつしか、「山田さん」から「友里ちゃん」と呼び名を変え、留学を思いとどまるように説得されたり、アラビア語のマンツーマン指導が夜まで続いたりした。


奥田敦教授・慶応大の第二砲!実はモテた!?”ハーレムゼミ”



上記のように、執拗に迫る奥田敦教授だが、女性には優しく、男にはキレるらしい。
前出の山田さんによれば、奥田敦教授が話している時に、机に手が乗っているだけで男性を1時間説教。周りにいるのは、女性だけでいい、まさにハーレム状態。そんな彼に嫌気がさして、ゼミ10名中、8名はゼミを辞めた。

これほどまでに、被害女性が後を絶たないのは、慶応大の徹底した口封じにある。
実は、慶応大には「いやなこと、しない、させない、許さない」慶應義塾ハラスメント防止委員会が存在している。しかし、全く機能していないどころか、不祥事が明るみにならぬように、「逆ハラスメント」になるなどと脅し、被害女性は口外防止を約束させた。慶應義塾ハラスメント防止委員会がこんな調子だから大学側は、奥田教授に対して厳重注意を促すに留まっていた。


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こんな調子で、奥田教授は10年以上も洗脳不倫を働き続け、大学側はそれを放置した。

最低のハレンチ大学。福沢諭吉も泣いてるよ。

臭いものには蓋という対応がおぼっちゃま大学らしい対応です。

これは放置してきた慶応(というかSFC)の罪も相当重いと思う。


福沢先生も泣いている・・・

慶応大の公式サイトによれば、

慶応大・創立者の福沢諭吉は、儒学者貝原益軒の「女大学」と言う書物を読み、女性の苦しみを察していたようだ。書物には、「女性はまず、父親に従い、結婚ごは夫に従い、おいては子に従え」と言う”三従の教え”が記されている。福沢諭吉は、女性を罪人のように記すないように疑問を抱き、男性の不品行を責める目的で「男大学」と言う書簡を友人に送っている。そこでは、男性に対し女性の視線から見た不平等を訴えている。また、1899年には「女大学評論・新女大学」を出版し、新しい女性のあり方を提唱した。



創立者のその思いを踏みにじるような悪態と、そして隠蔽体質。

慶応大は、原点に立ち返る必要があるのかもしれない。


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